YURI /ゆり
世界のデザイン史(前編)
2025年10月10日
要約を生成中...

世界のデザイン史(前編)を学び、
バウハウスについてもう少し調べてみました。
バウハウスをつくったのは、ドイツの建築家ヴァルター・グロピウス。
第一次世界大戦のあと、混乱の中で「芸術と生活をもう一度つなぎたい」と考えた人です。
彼は建築家でありながら、絵画や工芸、デザインなど、
すべての表現をまとめて新しい時代の「学び」としてつくり上げました。
それがバウハウスでした。
Art and Technology — a New Unity
「芸術と技術の新しい統一」
この言葉をスローガンに、グロピウスは1919年に学校を設立しました。
産業革命で、芸術と工業がすっかり分かれてしまった時代。機械でたくさん作ることはできても、
そこには人のぬくもりや、心のこもった美しさが失われていった。
彼はそのことに危機感をもっていたのだと思います。
“The ultimate aim of all visual arts is the complete building.”
「建築はすべての造形芸術の最終目的である。」
建築とは、ただの“建物”ではなく、
絵も、家具も、光も、人の暮らしも、ぜんぶが重なり合う場所。
グロピウスにとっての建築は、
美と機能が交わる“生活のかたち”そのものだったのだと感じます。
“Our architecture must serve the human body and soul; it must be the frame for all human
activities.”
「建築は人間の身体と精神に奉仕しなければならない。それは人間のあらゆる活動を包み込む枠組みである。」
この言葉を読むと、
「建築とは、人の暮らしのすべてを包みこむ器」というグロピウスの視点を感じます。人が心地よく生きるための背景。それをつくることがデザインなんだと言いたかったように感じます。
“The machine is our modern medium of design, and we must master it, not despise it.”
「機械は現代のデザインの媒介であり、軽蔑するのではなく、使いこなさなければならない。」
ここに、私がいちばん惹かれる“グロピウスの姿勢”があります。
A New Unity ― 芸術と技術、心と機能、人と時代の調和
時代の変化を恐れず、拒まず、それをどう美しく、どう調和させるかを考える。
この「受け入れて調和する」という考え方は、いまの私にとっても、今の世の中にとっても、とても大切なことのように感じます。
バウハウスは、ただの学校ではなく、“どう生きるか”を学ぶ場所だったのかもしれません。
「このレッスンでデザイン史を学び、改めて「デザイン」とは何なのか、自分の中でその定義について考えてみてください」というもちさんからのメッセージがありました。
私なりに考えてみた今の答えを、書いてみようと思います。
(これがアウトプットに時間がかかった理由です。。。笑)
グロピウスの言葉や姿勢を学びながら、
私は改めて「デザインとは何か」を考えました。
それは、見た目を飾ることでも、技術を競うことでもなく、
人や時代、環境と誠実に向き合い、“よりよく生きるための形”をつくること。
つまりデザインとは、誠実な愛のようなものだと思うのです。
相手(使う人・見る人)を思いながら、どうすれば心地よく過ごせるかを考え、静かに支える。
そんな優しさや誠実さの積み重ねが、デザインの本質なのだと感じています。
ふーー💦、やっと言えた。
でもとても楽しかったセクションでした。
要約
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